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「今までの延長で経営を続けることはできた。けれど、会社がさらにその上のステージにあがるには、何かが足りないと感じていたんです」――。

株式会社アヤベ洋菓子の代表・綾部哲嗣様はそう振り返ります。

同社は1968年に創業の洋菓子メーカー。OEM(相手先ブランドでの製造)がメインで、実は誰もが知る大手カフェチェーンや、超人気のバウムクーヘン専門店などに多くの焼き菓子を提供しています。

成長はずっと右肩上がり。もっとも、綾部代表は、数年前から冒頭のような課題感を抱えていました。そして2023年7月に、我々glassyと共に、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を策定。さらに上のステージへと進んでいます。

一体、どのような経緯でコーポレートリブランディングに踏み切ったのでしょうか。
そして、なぜ、glasyを選んでいただけたのか。

共創のパートナーとして並走した、弊社・工藤とともに、あらためて、お話を伺いました。

* 聞き手/文:箱田高樹

「経営理念」はあった。しかし……。

 

――ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を策定されようと考えた理由から教えていただけますか?

 

綾部代表:きっかけのひとつは2023年10月から稼働した本社兼工場の新設でした。

 

弊社のルーツは1968年に足立区で父が起ち上げた小さな洋菓子店です。私は一度、外の食品メーカーで働いた後、家業に入りました。

 

商品開発や原価計算、取引先の開拓など、自ら率先して取り組み、OEMメーカーとして会社を成長させてきました。そして右肩上がりで売上も取引先数も増え、2014年には工場は5つに。しかし、今後も増え続ける需要と期待に応えるには、これまでとはケタ違いの大規模工場が必要になることも、2010年代後半には見えていました。

 

――そして作られたのが、本社兼工場だったのですね。

 

綾部代表:ええ。大規模な投資をして本社兼工場を建てる決断をしました。しかし、ケタ違いの投資をするのならば、会社そのものも変わらなければいけないと考えました。アヤベ洋菓子が、さらに羽ばたくためには、全員の目線をあげるときだろうと。

 

――綾部代表が先頭で引っ張っていくだけではなく、一人ひとりの社員の方々が同じ意識で自走されていくような組織へとステージをあげようと決められたのですね。

 

綾部代表:そうです。新工場稼働後も、これまでと同じく私が常に先頭に立って回していくことは可能でした。ただし、それでは「その先」が知れている。私一人で力付くで回していっては、さらに次のステージに上がれないままになる。それは取引先や世の中、社会に対して申し訳ないとも考えました。

 

そこで、私を含めた会社にかかわるみんなが同じ方向を目指して自走できる羅針盤、北極星のようなものとしてミッション・ビジョン・バリューの策定を考えはじめた、というわけです。

 

実は、すでにその段で「経営理念」はあったのですが、あらたにMVVとして作り直そうと。

――経営理念は、綾部社長が作れたものだったのですか?

 

綾部代表:はい。『今から100年 食を通して幸せと感動と安心を与える企業を目指し、「自己」を見つめ「未来」を見つめよう』という経営理念がすでにありました。

 

自分なりの言葉を形にしたつもりでしたが、しかし、社員のみんなに響く声にはなっていなかった。とんでもないギャップがありました。社員は「そんなことより、目の前の仕事だろう」と感じていたと思います。

 

思えば、会社を引き継いだ20代の頃に「企業には経営理念が必要だ」と、経営の教科書に従い、ただ作ったに過ぎなかったからでしょうね。

 

だからこそ、社員の皆に響く言葉で、社会との約束事にもなる。そんな言葉の必要性を感じていたのです。

 

「ブランディングを手掛ける企業」に、チープさ感じていた理由

 

――MVV策定のパートナーとしてglassyを選ばれました。そちらの経緯を教えてください。

 

綾部代表:「しっかりと社員に届く言葉を」との思いもあったので、自分ひとりで作るものではないなとは考えていました。

 

一時は経験豊富な幹部社員として招聘し、彼らとMVVを考える方法も模索しましたが、どこか歯車があわずうまく行きませんでした。

 

そんなとき、社員の紹介で「こんなおもしろい会社がありますよ」と教えてもらったのが、glassyだったのです。

 

とはいえ、それまでは「コーポレートブランディング」のような言葉を謳っている会社の言葉は気にも留めませんでした。売り込みは頻繁にありましたけれど、ほとんどを無視していたのです。

 

――ブランディングを手掛ける企業を無視されていた理由は?

 

綾部代表:失礼ながら、そうした会社の言葉が、どこかチープに感じていたからです。決まりきった表面的なトークマニュアルに沿って話す、経営経験のない方の言葉を、どうして薄っぺらく感じてしまっていたのです。

 

そんな会社と組むならば、一人でつくったほうがいいとすら考えていました。

 

――しかし、glassyを選ばれました。他社とどのように違っていたのでしょうか?

 

綾部代表:言語化しづらいのですが、「ピンと来た」というのが本当のところです。glassyのホームページや工藤さんのnoteなどに触れたとき、あきらかに他とは違った。「この人は本物だ」と感じました。

 

自身が代替わりで継いだ経営者であること。引き継いだ事業を四苦八苦しながら、成長させてきたこと。社員、取引先、社会のことを考えて事業に向かっていること。

 

自分と重なることも多く、共感もできた。「この会社、この人ならば、一緒にいいMVVが紡げそうだ」と考えました。

 

――工藤さんは、この最初の出会いをどう感じていました?

 

工藤:「本当にうちでよろしいんですか?」と。実際にそうお話したことを覚えています。もちろん自社のMVVは策定した経験もあるし、それまでのお客様とのつながりから、それに近いお手伝いをしたこともありました。

 

しかし、当時は、まだこうしたMVV策定やリブランディング事業を表だって手がけてはいない頃で実績がありませんでしたからね。

 

綾部代表:けれど、私は「問題ありません。ぜひお願いしたい」と頼みましたよね。

 

これからの会社の、社員の羅針盤となるような言葉をつくるためには、本当に腹を割って自分と会社をさらけ出す必要がある。そうした相手は、自分と波長の合う人じゃなければ、難しい。それは実績ではかれることではなく、実際にお会いして感じた感覚のほうがよほど大事だと思っていましたから。

 

自らつくった「ヨロイ」が脱げていった

 

――実際の策定は、どのように進められたのでしょう?

 

工藤:綾部さんへのヒアリングから始めました。ご自身の原体験から、会社の歴史とターニングポイントといった企業の歴史。さらには社会を、時代を、世の中を、どのように捉えているのか。

 

1ヵ月に2回ほど全9回に分けて、幅広い内容で、膝を突き合わせてお話を伺っていきました。

 

こうした歴史から、創業以来大切にしてきた会社のDNAを探り、社会から求められるニーズと重なる部分を見つけ出して、ミッションの言葉に落とし込む。大雑把にいうとそうした流れです。

 

――心の中をさらけ出さざるを得ない時間もあったかと思います。綾部代表はその辺りに抵抗はありませんでしたか?

 

綾部代表:不思議とありませんでした。私はそれまで自分語りしないタイプだったので、工藤さんが丁寧にナビゲートしてくれたからこそ抵抗なく話せたのだと思います。

 

過去の話をつたなく伝えても、工藤さんがエピソードの要点をかいつまんで的確にまとめてくれた。それがとても話しやすかった。また「自分はこんな考え方をしていたのか」と気付かされる良い機会にもなりました。

 

――たとえば、どのような“気づき”が?

 

綾部代表:「原理原則」や「本質」といった言葉を大切にしているなとあらためて気付かされました。ずっと野球をやっていた頃から、経営者になった今も変わらず持っていることだと顕在化できました。

 

あとは「仲間と一緒に物事に向かう」を誰よりも好むくせに、その気持ちを抑え込んでいたんだなということ。先述したように経営者になってからは自分が先頭に立って引っ張っていく意識が強かった。「仲間だとか、一緒に、とか言っている場合じゃない」と自分の心にフタというか、ヨロイを着せていたところがあった。

 

工藤:その意味では、とても印象に残っていることがあります。綾部さんは「『社員のために……』なんて考えたこともない」とおっしゃっていたんですね。また弊社を紹介してくれた社員の方は、事前に私たちに「社長は、とても怖い人なんですよ」とおっしゃっていた。

 

けれど、2、3回ヒアリングをして、「違うんじゃないか?」と思わされたんですね。

 

社員のことをとても考えているし、社員との関係性も深く、近い。まさにおっしゃったような「ヨロイ」を自ら着込んで、「自分が引っ張らなければ」といった意識が強いのだろうなと思いましたね。

 

綾部代表:そうしたやり取りの中で、自社の「弱点」も冷静に見直す機会になりましたね。会議などもせず、何かと私が一人で物事を進めていくタイプだった。結果、会社組織が、「心臓」と「毛細血管」だけでできている人体のようになっていたんです。

 

心臓の役割の私が、他の動脈や静脈を通さずに、現場のみんなにどんどんと血液のように指示と意見を出す。結果、現場のみんなは毛細血管とは思えない力強さを持ち得たけれど、本来は、その間をつなぐ動脈と静脈が極端に少ない。そのままでは次のステージにいけないなと痛感させられました。

 

こうしたアウトプットを続けることで、自分が抱いていたもろもろの感情や大切にしていることに気付かされた感じです。言い方を変えるとヒアリングによって「無意識に着ていたヨロイを脱がされた」感覚はありましたね。

 

――工藤さんは、こうした深堀りするヒアリングの歳に、に意識していることはありますか?

 

工藤:ちょっとした言葉の順番やトーンで「ひっかかり」があったら、それを逃さないように情報をひろげたり、深めたりといったことはします。ただ言葉を整えるのではなく、経営者の方ご自身も気づいていない価値観を引き出すことを重視していますね。

 

――ヒアリング後は、どのようにミッション・ビジョン・バリューにまで仕上げていったのでしょうか?

 

工藤:9回に渡って実施した綾部さんの言葉から浮かび上がったキーワードをいくつかに分類してレポートとしてまず提出しました。

 

キーワードをもとに「果たすべき使命」をミッションとして定義。「自分たちが将来どうありたいか」といった理想の姿をビジョン、さらに「大切にしたい価値観」をバリューとして、我々が言葉として整理して提案しました。

 

もっとも、その前に一度、綾部社長が「言葉そのものは自分で作ります」と持ち帰られましたよね。

 

綾部代表:性分なんですよね。「一度、自分の頭と手を動かして理解したい」んですよ。菓子づくりもそうで、私は常に自分で焼き菓子を実際につくることをしてきた。自ら動かないと見えないこと、気付けないことがあると信じているので。ミッション・ビジョン・バリューにしても、自分の中で一度咀嚼した感じです。結局は、その素案をもとにglassyにコピーライティングしてもらいましたが、自分の中で一度整理できました。

 

「ひと口で、みんなを笑顔に。」ができているか?

 

――そしてできあがったのが、こちらのMVVです。「みんな」の言葉がとても印象的です。

 

 

※MVV、図表で入ル?

 

綾部代表:それは完全にヨロイがとれて、素が出せた結果だと思いますね。何もムリしてつくったものではなく、お客様、取引先、従業員、さらには社会のみなさんといった私たちをとりまく「みんな」と共に幸せになりたい。笑顔にして、しあわせになっていただきたい。そうした思いが、ずっとあり、そうあり続けたいと考えていた。

 

そうした思いを、とてもシンプルに伝えられる言葉になったと自負しています。

 

工藤:いくつか出したコピーの中で、決まりましたが。あえてやわらかな、子どもが読んでも理解できるコピーに。つまりとてもパワフルな言葉になりましたね。

 

――完成したMVVは、ウェブサイトや社内でも掲げられています。会社に変化は訪れましたか?

 

綾部代表:社内でこれらの言葉が飛び交うようになりましたよね。まず私が日常的に使っています。

 

「うちは『ひと口で、みんなを笑顔に。』なんだから、価格勝負で“ひと目”だけで訴えるようなことはするな」とか。「それじゃあ、みんな幸せにならないよね」とか。ブレない芯のようなものができたと思います。

 

言葉にウソもないから、本当に素を出して伝えられるよさと気楽さがありますね。

 

同じように社員のみんなも、これらの言葉を使って話すようになっていますよね。だから、以前からその芽はあったのでしょうが、「みんなを笑顔にするためにはどうすれば」といったところを起点に、製造現場も営業もものごとを考えるようになった気がします。

 

工藤:綾部さんが「素の自分を出せる気楽さがある」とおっしゃいましたが、社員の方々も同様だと思います。ヨロイのない素の綾部さんの哲学、それこそアヤベ洋菓子の原理原則のようなものが、ごく自然に染み込む言葉になったかなと思います。

 

綾部代表:そうですね。策定したプロセスも良かったのかなと思います。大きな指針ができたことで、明らかに「次のステージを進む」にふさわしい自律的な組織の下地ができ、浸透していますね。

 

さらにこうした社内の良き変化を決定づけたのが、クオリティポリシー「アヤベイズム」の策定だったんですよ。

 

>後編に続く。